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摂食障害

はじめに

 摂食障害は、大別して「神経性無食欲症」(Anorexia Nervosa)と「神経性大食症」(Bulimia Nervosa)の2つがあります。神経性無食欲症というのは、一般的に「拒食症」と呼ばれている疾患のことで、このほか「神経性食思不振症」「神経性食欲不振症」「思春期やせ症」とも言われます。また神経性大食症は、「過食症」と呼ばれている疾患のことで、ほかに「神経性過食症」「神経性多食症」「大食症」とも言われます。このように疾患名の表記が少しずつ違うのは、研究者や訳者によって日本語訳が異なるからです。拒食症や過食症は、マスコミ造語として広く一般に知られていますが、ここでは学術的専門用語としての神経性無食欲症と神経性大食症を主に使用していきたいと思います。


 さて、神経性無食欲症というのは食べることを拒否する食行動をいい、他方神経性大食症は驚くほど大量に食べる食行動です。この一見正反対の食行動は、それぞれ別の病気のように思われますが、実はどちらの食行動も肥満に対する「不安や恐怖」、また「痩せ願望」という点では共通しており、根源は同じです。痩せたい、だから食べないという神経性無食欲症の多くは若い女性に発症し、極端に食べなくなるため、病的に痩せていきます。そして、病的に痩せているにもかかわらず、自分は痩せているとは思わない身体像(ボディ・イメージ)の障害を示します。するとますます体重増加への不安や恐怖が起こりますが、この状態が病気であるということへの認識はまったく無く、治療に対しても無関心で、周りから治療を促しても本人は強く抵抗します。この状態を放置しておいてよい訳はなく、進行するとさまざまな精神合併症を伴って、最悪の場合は極端な低栄養状態となって死にいたることもあります。


 ただ、この神経性無食欲症が進行する過程で、食べないことへの反動として、大食したいという欲求が生じてきます。これが、神経性大食症です。自制困難となって、一定の時間にむちゃ食いをしたり、大量の食物を食べますが、それでも痩せたい願望が強く、食べたものを故意に嘔吐したり、下剤を乱用するようになります。そうかと思えば、翌日になって食べるのを極端に減らしたり、絶食したりして体重増加を防ごうとします。このように「食べないこと」(神経性無食欲症)と「食べ過ぎること」(神経性大食症)を繰り返すケースも多く見られます。この神経性無食欲症や神経性大食症は、まったく別の病気のように見えますが、別の形で症状が現れたに過ぎず、根源は同じ摂食行動異常であることに変わりはありません。


 摂食障害が世界で初めて見られるようになったのは、17世紀のヨーロッパで、ロンドンの開業医であるモルトンが最初に医学的な記録を残しています。そして、19世紀になってからヴィクトリア女王の侍医ガルが、アノレキシア・ネルボーザ(Anorexia Nervosa=神経性無食欲症)と命名しています。日本はそれよりも1世紀早く、18世紀に香川修徳が「不食病」として報告しています。近代に至って、日本では1960年頃から医学専門書に論文が発表されるようになり、患者さんもその頃から見られるようになって、以降どんどん患者さんの数も増え、今日に至っています。「摂食障害」(Eating Disorder)というと、単に食事ができない状態のように思えますが、実際は「食べない」「大量に食べる」という際立った正反対の特徴があることからすると、本当は「食行動障害」と呼んだほうが適当な表現かもしれません。現在日本では「摂食障害」という言葉が一般的に用いられるようになりました。


 この摂食障害は、思春期の女性に圧倒的に多い病気です。かつてドイツでは、神経性無食欲症のことを「思春期痩せ症」と呼んでいました。発症の平均年齢も18歳前後ですので、これほど性差や年齢差がはっきりしている病気は少ないでしょう。しかし、患者さんが増えるに伴って、最近は小学生から主婦、男性、高齢者にも発症しており、年齢や性別の分布も以前よりは広がってきており、若い女性だけにある特有の病気ではなくなってきました。患者数も、ここ25年間で5倍に増えていますが、患者さんであっても治療を受けていない人も多くいて、統計に出てこない患者さんもかなりいることが推測されます。


 摂食障害という疾患について、この後の項目で詳細に述べますが、ここでは、この病気の行動異常や症状、原因、合併症、治療などについて、概略を説明します。


神経性無食欲症の行動異常や症状

 神経性無食欲症では、食行動の異常として食べる意志がなくなり、極端な偏食行動をとります。活動面では、じっとしていられない過活動状態になります。身体的な症状としては、低体重、無月経、低血圧、低体温、徐脈、産毛の密生などが現れます。また、精神症状としては、痩せ願望が強く、病気への自覚が乏しいのが特徴です。

神経性大食症の行動異常や症状

 神経性大食症における食行動異常は、だらだら食い、隠れ食い、盗み食い、過食などがあり、排泄行動としては嘔吐、下剤、利尿剤の乱用などです。活動性では無気力になり、問題行動としては自殺行為、自殺企図、薬物乱用、万引き行為などが見られます。身体症状では体重が標準か肥満、月経は不順になり、むくみや過食後の微熱があります。また、精神症状では、痩せ願望を伴い、肥満恐怖や体形に対する認識に歪みがあり、病気への自覚はあります。

摂食障害の原因

 摂食障害の原因は単純ではなく、社会的、文化的、心理的、生物学的な要因が複雑に絡み合って発症します。今日のように、飽食の時代にあって、肥満が増加してくると、その反面で痩せ願望や肥満嫌悪への意識が強くなり、痩せを賛美する風潮が蔓延して、極端なダイエットに走る人が増えてきたことです。また、女性の社会進出に伴うストレスの増大や、その人個人の性格や生育環境なども関与しています。さらに、自立への葛藤や低い自己評価、体重や体形への思い込み、人間関係からくるストレスなど、その人だけが抱える心理的な要因もあります。そして、脳の機能異常や遺伝的素因も複雑に絡み合って、摂食障害の発症要因となっています。

摂食障害(主に神経性無食欲症)の徴候や初期症状

  • ○極端な考えを持っている。
  • ○なかなか食卓につこうとしない。
  • ○好き嫌いが急に増える。
  • ○野菜を好むようになる。
  • ○食べ物を小さく刻んだり、真ん中だけ食べたりする。
  • ○甘いものは全て悪いと思っている。
  • ○いつも体重や食べ物の話しをする。
  • ○料理をつくって家族に食べさせるが、自分は食べない。
  • ○食事中によくトイレに行く。
  • ○食べ物を隠したり、捨てたりする。
  • ○体重を1日に何回も計測する。
  • ○気分屋になる。
  • ○ダイエットに良いという薬を持っている。

摂食障害に伴う合併症

◇ 神経性無食欲症の合併症
脳の萎縮、失神、低身長、脱毛、聴覚過敏、味覚障害、産毛の密生、皮膚の乾燥、徐脈、貧血などの血液異常、肝臓・膵臓機能障害、無月経、性欲低下、手の冷え、寒がり、歩行困難(筋萎縮)など。
◇ 神経性大食症の合併症
頭痛、食道裂孔、唾液腺・耳下腺拡張、動悸、胃穿孔、胃けいれん、膵炎、低血糖、血性下痢、腹部膨満、月経異常、吐きだこなど。
◇ 共通の合併症
けいれん、虫歯、低血圧、不整脈、腰痛、便秘、骨粗鬆症、むくみ、脱水など。

摂食障害の主な治療法

 治療は、一般的に精神科や心療内科を受診しますが、身体症状によっては、内科や婦人科にかかることもあります。特効薬はなく、行動療法や精神療法などを組み合わせて治療します。主な治療法には、次のようなものがあります。

◇ 認知行動療法
体重や体形に対する歪んだ認識や価値観を修正していきます。
◇ 行動療法
行動を制限し、少しずつ目標を設定して、それをクリアする達成感をバネに食行動を改善していきます。
◇ 精神療法
支持的精神療法(患者さんの話を共感して聞き、支持したり励ましたりします)。集団療法(患者さん同士が語り合い、心を解放します)。家族療法(患者さんの家族に対して精神療法を行います)。
◇ 身体療法
薬物や点滴、輸液による治療を行います。

→認知行動療法の詳細についてはこちら

 摂食障害は、周囲の人から見ると、「ただの痩せ過ぎ」とか「ただの食べ過ぎ」のように思えますが、この病気がやっかいなのは、この病気で悩む人自身が心の問題を隠し持っているということです。したがって、この病気を克服するためには、何よりも患者さん自身が自分を変えようという意志を強く持たない限り、なかなか回復は望めません。本人の積極的な取り組みと同時に、本人を取り巻く家族や周囲の人の理解や協力も必要になってきます。特に心理的なストレスや食生活の乱れが、摂食障害の引き金になりますので、悩みを抱え込まないようにすることや、規則正しい生活をすることが予防の上で重要なことです。


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