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アサーション

ここでは、非主張的、攻撃的、アサーティブの三つのタイプの言動についてまとめます。

非主張的自己表現

〈非主張的〉とは、自分の気持ちや考え、意見を表現しなかったり、しそこなったりすることで、自分から自分の言論の自由(人権)を踏みにじっているような言動をいいます。 これには、自分の気持ちや考えを言わないだけではなく、あいまいな言い方をしたり、言いわけがましく言ったり、他人に無視されやすい消極的な態度や小さな声で言うことも含まれます。 このような言い方は、一見、相手を立てているようだったり、相手に配慮しているようにみられますが、暗に「私の気持ちや考え、言っていることは取るに足りません。無視しても結構です」 と伝えているようなもので、自分の気持ちに不正直で、もちろん、相手に対しても率直ではありません。
非主張的な言動をしているときは、相手に譲ってあげているように見えながら、自信がなく、不安が強く、それを隠して卑屈な気持ちになっていることが多いものです。 非主張的な言動をした後は、「自分はやっぱりダメだ」といった劣等感や、「どうせ言っても分かってもらえないに決まっている」といったあきらめの気持ちがつきまといます。 また、相手に対しては、「譲ってあげたんだ」といった恩着せがましい気持ちや、「人の気も知らないで」といった恨みがましい気持ちが残ります。 もし本当に相手を配慮し、尊重して同意したり、譲ったりしたのであれば、自分の決断でそうしているので、気持ちはさわやかで、未練は残らないはずです。] 逆に非主張的な言動をした後では、分かってもらえなかったと思う気持ちや傷ついた感じが残りがちなので、惨めになります。
そもそも自己表現していないので、相手に分かってもらおうと期待することは欲ばりなのですが、つい 「黙って引いてあげたのに」とか、「相手を立てたのに分かってくれない」といった甘えや、「思いやりのない人だ」とか、「鈍感な人だ」 といった相手への軽蔑の気持ちをもったりもします。

このような不快な体験が重なると、不快感は欲求不満や怒りとなって心の中にたまっていきます。 たまった怒りは、何度も同じ思いをさせている相手への恨みとなり、あるいは関係ない人への不当な八つ当たりや意地悪となって表現されることがあります。 いわゆる「キレる」とは、「もの言わぬは、腹ふくるる技」のあげく、非主張的な言動が転じて、ある日突然、攻撃的になるのです。 逆に、不快な体験をじっと我慢して耐え続ける人もいます。相手との関係に波風を立てないようにするには、自分でその場を治める責任をとろうとするのです。 過剰なストレスを自分にかける結果、頭痛、肩こり、神経性の胃痛などの心身症やうつ状態になったり、人とつき合うのがおっくうになったりします。 その場では優しく、いい人なのですが、生き生きした感じはなく、無表情で、慇懃無礼な振る舞いをしたりすることにもなりかねません。
一方、非主張的な対応をされた相手も、結果的に被害を被ります。 まず、同意してくれれば自分と同意見、譲ってくれたときは相手の思いやりをありがたいと思うでしょう。 よほど猪疑心のある人でない限り、それが素直な反応です。ところが、そう受け取っていたら、後で恨まれたり、軽蔑されるのではたまったものではありません。 また優先されてばかりいると、相手は優越感や憐れみの気持ちをもったり、逆に、従わせてしまったという罪悪感やいら立ちを感じるかもしれません。

攻撃的自己表現

〈攻撃的〉とは、自分の意思や考え、気持ちをはっきりと言うことで、自分の言動の自由を守り、自分の人権のために自ら立ちあがって、自己主張してはいるのですが、相手の言い分や気持ちを無視、または軽視して、結果的に、相手に自分を押しつける言動をいいます。  したがって、それは、相手の犠牲の上に立った自己表現・自己主張であり、自分の言い分は通っても、相手の気持ちを害したり、相手を見下したり、不必要に支配したりすることになります。
このような言動をしている人は、一見、表情豊かで、ハキハキものを言っているように見えますが、相手を無視、あるいは軽視して自分のことだけを主張していることになり、相手を踏みにじっていることにもなります。 その場の主導権を握りたいだけで「自分が一番」とか「あなたはダメ」といった態度をとり、相手より優位に立とう、「勝ち負け」でものごとを決めようとする姿勢が見え隠れしています。
つまり、攻撃的とは、たんに暴力的に相手を責めたり、大声で怒鳴ったりするだけではなく、相手の気持ちや欲求を無視して、自分勝手な行動をとったり、巧妙に自分の欲求を相手に押しつけたり、相手を操作して自分の思い通りに動かそうとしたりすることをいいます。 もちろん、不当な非難、侮辱、皮肉、八つ当たりなども含まれます。 また、雑談や何気ない会話をしているときの「だめ押し」や「ひと言多い発言」なども、自分の優位を示すための攻撃的主張となることがあります。 また、年齢や役割が上の人(親・教師・上司など)、権威や権力がある人(専門家・男性など)が、その地位や力を意識的、無意識的に使って弱い立場にいる人に自分の意向を押しつける「パワハラ」や「セクハラ」は、攻撃的な言動ということになります。 このような言動をしている人は、堂々としているように見えるわりにはどこか防衛的で、必要以上に威張っていたり、強がっていたりして自分に不正直です また、自分の意向は通っても、その強引さのために後味の悪いことが多く、それが自分の本意ではなかったことに気づき、後悔することになります。 また、攻撃的な対応をされた相手は、自分の意に反して服従させられた気持ちになり、軽く見られ、バカにされた気持ちが残るでしょう。
その結果、傷つき、恐れて相手を敬遠し、同時に、怒りを感じて、復讐心を抱くかもしれません。 いずれにしても、お互いの関係は、相互尊重にはほど遠く、ギスギスしたものになりがちです。

アサーティブな自己表現

〈アサーティブ〉とは、自分も相手も大切にした自己表現です。 アサーティブな人は自分の人権のためには自ら立ちあがろうとしますが、同時に相手の人権と自由を尊重しようとします。 アサーティブな発言では、自分の気持ち、考え、信念などが正直に、率直に、その場にふさわしい方法で表現されます。 そして、相手が同じように発言することを奨励しようとします。その結果として、互いの意見が葛藤を起こすこともあり得ると考えます。 つまり、互いに率直に話をすれば、自分の意見に相手が同意しないこともあるし、また、相手の意見に自分が賛同できるとは限らないのです。
むしろ、率直に話して意見や考えが一致すれば、それはラッキーなことです。 葛藤が起こったときは、すぐさま折れて相手に譲ったり、相手を自分に同意させようとするのではなく、面倒がらずに互いの意見を出し合って、譲ったり、譲られたりしながら、双方にとって納得のいく結論を出そうとするのです。 このような言動は、余裕と自信に満ちており、自分がすがすがしいだけでなく、相手にもさわやかな印象を与えます。 また、相手は大切にされたという気持ちをもつと同時に、二人の努力に対して誇らしい気持ちをもつでしょう。 また、アサーティブな人に対して尊敬の念を覚えるでしょう。 アサーションには、歩み寄りの精神があり、多少時間はかかっても、互いを大切にし合ったという気持ちが残る会話があります。 また、話し合いのプロセスでは、より豊かな創意や工夫が生み出され、一人の提案よりは、むしろ満足のいく妥協案が探り出せる可能性さえもあります。
そんな相互尊重の体験をすることがアサーションです。アサーションには、「自他尊重の自己表現」という意味があります。 アサーションは、自分も相手も大切にするコミュニケーションですから、「話す」と「聴く」の相互交流・相互作用が含まれています。 つまり、互いに率直に、素直に、正直に自分の気持ちや考えを伝え合い、聴き合うという意味があります。

さて、あなたの日頃の言動がアサーティブであるかどうかを知るには、あなたと日常的に関係のある家族、友人、職場の上司や仲間、先生、隣人、親戚などと、どんなつき合いをしているか、思い出して、自分の気持ちに正直に耳を傾け、検討してみることです。
その関係の中で、誰か特に支配的な人はいますか。誰かに対して、あなたは卑屈になったり、おべっかを使ったりしていないでしょうか。 逆にあなたは誰かを利用したり、軽く扱ったりしてはいませんか。 普段、自分の気持ちをオープンに話しますか。 それとも、状況によって、相手によって、自己表現が変わることがありますか。 多くの人は、誰か特定の人との関係や特定の状況で、アサーションができなくなることがあります。 ある人に対してはきちんと言えるのに、同じことでも他の人には言えないとか、状況によって言えたり言えなかったりするなどです。 それは、長い間に特定の人や状況に対してつくられ習慣化された行動パターンが、似たような人や状況の下で表現されている可能性があります。 親とか権威者にはどんなことがあっても従うべきだと思っていると、自分が子どもの立場や地位のない立場にいるとき、従属的または非主張的になります。 逆に、自分が親や権威者の立場にいるときは、攻撃的になる可能性が高いのです。 また、過去のある状況下でとったアサーティブでない反応が身についてしまっていて、それを無意識に繰り返している場合もあります。
いずれにしても、特定の人や特定の状況でアサーションができない人は、そのことにまず気づくことが大切です。 自分の攻撃的または非主張的な言動を意識することで、行動を変えるチャンスをつかみやすくなります。チャンスがきたら、変える努力をしてみましょう。 また、アサーティブな表現法を学ぶのもよいでしょう。 なぜアサーティブになれないか、その理由を知ることも役立つかもしれません。
「アサーション〈自己表現〉トレーニング」に参加して、実際にアサーティブな行動を身につける練習をすると一段と効果があがるでしょう。

全般的に非主張的、または攻撃的な人とは?

ときとして、どんな人に対してもどんな状況にあっても、全般的に非主張的であったり、攻撃的である人がいます。 いつも非主張的な人は、一見して恥ずかしがりで、ほとんどの状況や人に対してオズオズと、引っ込み思案な態度をとっています。 人が嫌がりそうなことや、人の邪魔になりそうなこと、葛藤が起こりそうなことは決してやらず、親や権威者が言った通りの言動をとります。 自分独自の意見や気持ちを表現するのは不安で、適切なアサーションができません。 自分が傷つけられたり、自分の権利が侵され、多くの人が抗議するような場面でも黙っています。 また、ときには一般的に当然だと思われるようなことにも、いちいち許可を得ようとします。だから人に無視されたり、利用されたりしやすいのです。
このように「全般的に非主張的」な人は、自己否定的で、自尊心が低く、いつも不安で、緊張に満ちた生活を送っています。 ストレスの多い生活は、堅い表情や生気のない笑顔、浅く速い息づかいを招きます。 神経性の頭痛や腹痛を起こしやすく、ひどい肩こりや下痢に悩まされることにもなります。 また、うつ的になって、気分が落ち込んで、食事がすすまなくなったり、眠れなくなったりすることもあります。

このような人とは反対に、どんな状況でも、ほとんどの人に対して攻撃的になる人もいます。 アサーションを攻撃的な行動と誤解して区別できないでいる人、人に負けることが嫌いで、常に勝ち負けでものごとを判断しようとする人などは「全般的に攻撃的」になりがちです。「全般的に攻撃的」な人は、一見、自信がありそうで、状況をうまくつかんで、バリバリものごとを進めているように見えます。 古いタイプの男性イメージに、多少強引でもすべてを支配できる強い人がたくましく頼りになるというものがありましたが、それを信じて行動しているような人です。 このような人は、人の意見や考えを軽視して会話を独占し、無意識のうちに自分の意見がいつも結論になるように話を進めます。 こんな状態ですから、人を傷つけても無頓着なので、多くの人に敬遠されたり、嫌われたりします。 人に対して、優位な状態でいないと安心できないので、人の批判や反応をひどく気にし、きわめて敏感です。 ちょっとした反応でも、排除されそうな雰囲気を感じると、落ち着きを失い、イライラして、周囲の人に怒鳴り散らしたりします。 権威的で、自分の命令に従わせたい親父が、無視されたり、軽視されたりすると、突然怒りを爆発させるなどはこの例です。 「全般的に攻撃的」な人は孤立しやすく、いつも愛情飢餓に陥っています。 そして、人をつなぎとめておくために、さらに命令的に相手を自分に引き寄せようとするのです。
優しく、穏やかに、つまりアサーティブに人から愛情を得る方法を知らないので、愛情を得るにも、同じ命令的なアプローチになって、人から敬遠されるといった悪循環に陥るのです。 ときに「全般的に非主張的」と「全般的に攻撃的」な態度を交互にとる人がいます。 「内弁慶」といわれるような、会社では何ごとにも逆らわない従順な人が、家庭では暴君という場合です。 男性の子女虐待や不登校児の家庭内暴力、日頃はおとなしく目立たない子が、突然、殺人を犯すといった場合などがそれです。 「全般的に非主張的な人」も「全般的に攻撃的な人」も、表現方法はまったく違って見えますが、心の奥では同じ不安定な気持ちを味わっているでしょう。 つまり、対人恐怖の人や人から恐れられる暴君は、表面的な平静さや強がりの裏には、不安、緊張、孤独感などの隠された気持ちがあり、常に気を張っていなければならず、心が落ち着く余裕がありません。 また、そのような気持ちの不安からくる「こころの疲れ」や、自己嫌悪の気持ち、投げやりな気持ちなどにさいなまれることもあります。

このように、他者との生活全般にわたって緊張を強いられている人は、まず、そこから抜け出す手だてや、自分を好きになる援助が必要です。 つまり、不安や緊張、「こころの疲れ」などを安心して出せる人のもとで、ありのままの自分を見つめること、引っ込み思案にならなくてもよいことや強引にならなくても人は耳を貸してくれることを理解できるように助けてもらう必要があります。 個人的にカウンセリングや心理療法を受けたり、または、アサーションーセラピーを受けることが適切だと思われます。

アサーションケース

それではここで、アサーションとはどんなことか、アサーションとそうでないことの違いはどこにあるのか、どうしてアサーションができないのか、などについて考えてみましょう。 あるアメリカの心理学者は、人間関係のもち方には、大きく分けて三つのタイプがあると言っています。


第一は、自分よりも他者を優先し自分のことを後回しにするタイプ、
第二は、自分のことだけを考えて他者を踏みにじるタイプ、
第三は、第一と第二の黄金率ともいえるあり方で、自分のことをまず考えるが他者にも配慮するタイプです。

アサーションとは、第三のタイプをいいます。 そして、アサーショントレーニングでは、第一のタイプを「非主張的」または「ノンーアサーティブ」、第二のタイプを「攻撃的」または「アグレッシブ」、第三のタイプを「アサーティブ」と呼びます。 では次に、いくつかの実例を取りあげながら、三つのタイプの言動について理解を深めることにしましょう。 以下に、日頃私たちがよく体験する状況について、三タイプの反応を記してあります。
まず、状況を読んだら、あなたならどんな反応をするか考えてみましょう。次に、三タイプの反応を読んでください。 それぞれの反応は、典型的なものにするために、やや強調した表現になっていますが、自分が考えた反応、日頃とりがちな反応は、どれに近いでしょうか。

アサーションケース1

 中村氏は郷里から上京してきた友人と、銀座のレストランで夕食をとっています。  先ほどステーキの焼き加減をレアで注文しましたが、ウェイターが運んできたステーキは、ウェルダンに焼きあがっていました。中村氏は……

非主張的
友人に、「こんなに焼けてしまっている。もうこのレストランにはこないぞ」と愚痴をこぼすが、ウェイターには何も言わず、笑顔で受け応えをする。
せっかくのステーキはまずく、注文通りのものを要求し直さなかったこと、こんなところに友人を連れてきてしまったことを後悔する。 何だか自分がすっかり萎縮してしまった感じになる。
攻撃的
怒ってウェイターを呼ぶ。そして、注文通りでないことを必要以上に大声で怒鳴り、もう一皿注文通りのステーキを要求する。
中村氏は自分の要求が通ったことと料理には満足したが、怒鳴ったことでその場が気まずい雰囲気になってしまい、友人に対してはきまりが悪く、また、夕食の雰囲気はすっかり台無しになってしまう。
一方、ウェイターは侮辱された感じがして、不愉快な気持ちになる。
アサーティブ
ウェイターに合図をしてテーブルに呼び、「自分はステーキをレアで注文したこと、しかし、ウェルダンのステーキがきてしまったこと」を伝えて、ていねいに、しかしはっきりと「レアのステーキととりかえてほしい」と頼む。 ウェイターは間違いを謝り、まもなくレアのステーキを運んでくる。
中村氏も友人も夕食を満喫し、中村氏は自分のとった言動にも満足して、夕食を終える。もちろん、ウェイターも客が気持ちよく過ごしたことで、気分がよい。

アサーションケース2

佐藤さんは大学三年生です。 彼女は、授業にもよく出てノートを取り、まじめで優秀な学生で、ゼミの先生や友人だちからも認められ、尊敬されています。 ある科目の学年末試験が間近に迫ったある日、同じゼミの三島君から、ノートがなくて困っているので佐藤さんのものを貸してほしいと頼まれました。
佐藤さんは、今から帰ってその科目の勉強をしようと思っていたところでした。佐藤さんは……

非主張的
自分の勉強の計画が潰れそうになることの不安を押し殺して、彼が困っていることに同情し、「ええ、字が汚くてもよければいいわよ」と言う。 三島君はもちろん、「それでいい」と言うので、貸すはめになる。 その日は、試験勉強ができないことを悔やみながら、漫然と過ごす。
攻撃的
明らかに不愉快な顔をして、「今頃ノートを借りようなんてちょっと常識ないんじゃない。今まで何してたのよ。 私、そういう人には貸さないことにしてるの」と言い捨てて、その場を立ち去る。
後になって、佐藤さんは三島君を侮辱したことが気になり、罪悪感で、試験勉強に手がつかなくなる。 三島君も、そんなに言われる筋合いはないと情けない気持ちになる。もちろん、その後、二人の関係はぎこちないものになる。
アサーティブ
「今から帰ってその勉強をしようと思っているところなの。だから今回は貸してあげられないわ。 この次からもう少し早く言ってくれたら、貸してあげることができると思うわ」と、ていねいに、しかしはっきりとその頼みには応じられないことを言う。
佐藤さんは、無理をしなかったこと、自分の意思を伝えられたことに満足する。また三島君は佐藤さんの言うことに納得し、自分の不用意さに気づく。

アサーションケース3

Aさんは会社から疲れて帰ってきて、ちょっとうたた寝してしまいました。 そのため夕食の準備が遅れ、帰ってきた夫に『晩飯まだできてないのか!!!』といわれて腹が立ちました。
Aさんは、どのように自分の気持ちを夫に伝えればいいでしょうか?

非主張的
『ごめんなさい。疲れていてつい・・・』
攻撃的
『何を言っているの!!!私だって疲れて帰ってきてるんだから遅れる事だってあるわよ。
そんなに言うなら、自分で食事を作ればいいじゃないの』
アサーティブ(自己表現的)
『つい疲れてうたた寝しちゃった、ごめんね。でも、そういう言い方はないと思うわ。
こんなときにはあなたにも手伝ってもらえると嬉しいんだけど』

アサーションケース4

Dさんは退社しようとしたときに上司から呼び止められて、思いがけない仕事を言いつけられました。
『ちょっと予定があるので』と断りましたが、『何を言っているんだ。どこから給料が出ていると思ってるんだ!!!』と怒鳴りつけられ、1時間の残業を強制されました。 実はその夜は家族で食事に出かけることになっていて、待たされた妻は『いつも約束を破ってばっかりなんだから。家族のことをどう考えているの?その日の仕事が終わっているんだったら、きちんと断ればいいじゃない。あなたのことだから、何も言わずに課長さんの言うままに仕事をやっていたんでしょう。ねえ、私の話を聞いているの?』とDさんを責めました。
Dさんはこれにどう答えればいいでしょう?

非主張的
『ごめん。課長に一応は言ったんだけど聞いてくれなかったんだ。』
攻撃的
『うるさいな。そんなに大声を出さなくても聞こえてますよ。仕事も家族のためにやっているんだよ。
少しは俺の身になってくれてもいいだろう。そんなに言うなら、俺をおいて勝手に出かければよかったんだ。』
アサーティブ
『ごめん。きちんと断ったんだけど、課長は聞く耳を持たない人なんだ。
せっかく出かけるんだから、そんなに怒らないで、少し楽しくやろうよ。これからは気をつけるから。』

アサーションケース4

あなたには高校生の息子がいます、夏休みのある晩、友だちと花火大会に出かけ、夜中の二時に帰ってきました。 あなたは、十二時には帰ってくると思っていたので、何か起こったのではないかととても心配して、イライラしながら待っていたのでした。

非主張的
帰ってきたのを見て、息子には何も言わず、黙って眠りにつく。
攻撃的
「一体、今まで何をしていたんだ!今何時だと思っている!一晩中人を寝かせないつもりか。まったく思いやりも何もない奴だ」と、いきなり怒鳴る。
アサーティブ
「とても心配したよ。十二時には帰ると言っただろう。だからすごく気になってね。大丈夫だったのか? 遅くなると電話してほしかったな」と、相手を責めるのではなく、しかしはっきり自分の気持ちを伝える。
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