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気分変調症

 気分変調症(Dysthymia)は、ほぼ1日中気分が冴えない抑うつ状態が、長期間続く慢性疾患のことです。気分変調症という疾患名が、初めて公式の診断名として登場したのは、アメリカ精神医学会のDSM-Vです。WHOの分類では、気分変調症と呼んでいますが、アメリカ精神医学会の分類(DSM)では「気分変調性障害」(Dysthymic Disorder)と定義しています。簡単にいうと、明らかな躁病エピソードのないうつ病性障害であるが、大うつ病エピソードの基準を満たさない慢性の気分障害のこととで、うつ病の軽症型、あるいは不全型を意味しています。つまり、気分の不調が下がったままで、うつ病というほどでもない慢性軽うつ症の状態で、それが少なくても2年間続き、他のうつ病系の診断を満たさないものをいうのです。この気分変調を意味するDysthymia(ディスチミア)とは、Dysは不調、thymiaは気分のことで、一般に抑うつ、不安、焦燥といったあらゆる不快な気分を意味する言葉です。また気分変調性障害は、ディスチミア親和型うつ病とは異なります。この気分変調症は、以前から日本では「抑うつ神経症」とか「神経症性うつ病」あるいは「抑うつ性人格」とも言われていて、病気としてのうつ病というより「性格的なもの」と考えられていました。

 気分変調症は、うつ病(大うつ病性障害:major depressive disorder)とは極めてよく似た疾患ですが、「常に落ち込んでいる」という病状で、「より軽症」で、「より長い経過をたどる」という点において、うつ病とは区別されています。よく似ていることから、最初、受診するとうつ病として診断されることがしばしばあり、その後軽症のうつ状態が長く続き、通院中に診断名が、うつ病から気分変調症に変更されることもよくあることです。ストレスが長期にわたって続き、突然の喪失を体験した人などに多く発症しています。また病気の始まりが、あまりはっきりしない形で発症する潜行性の病態なので、発症してから受診までの時期が人によってまちまちで、発症してから10年以上経過してから、初めて病院に来る患者も少なくありません。中には、症状が自分の人生の一部と捉え、病気とは思っていない患者もいます。しかし、冴えない気分が続いているうちに、やがて家族との関係が悪化してきたり、仕事がうまくこなせなかったりして、社会生活に問題が生じてきたとき、ようやく病気に気づくこともあります。これは周囲から見ていても、なかなか判りにくいものです。普段明るく接していた人が、急に口数がすくなくなり、落ち込んだ表情をしていたら「病気かな?」と周りの人は察しますが、それが普段から常に冴えない気分でいたら、「あの人はそういう気質なのだ」と、周りは自然にそれを受け入れて、よもや病気だとは考えないのです。また本人自身もそう思っていることが結構多いのです。この気分変調症の発見が遅れる理由はここにあるのです。

 現在、相当数の人がこの気分変調症に罹患しており、その数は年々増加しています。精神科や心療内科においてうつ病と診断され、抗うつ薬を処方されている患者の中で、かなりの人達が 正確な診断名を下すならば、うつ病というより気分変調症であることが多いのです。発症年齢は、21歳前後に始まる早期発症の例は少なくて、普通は20〜35歳ぐらいで発症することが多く、男性より女性にやや多く見られます。また、うつ病である親、子供、兄弟姉妹、二卵性双生児などの場合、遺伝的にこの気分変調症が生じる可能性は高くなります。

<症状>

 気分変調症は、慢性的で軽度な抑うつ状態、生活全般にわたって興味の消失や何事も楽しめないという気分とともに、以下のような症状が見られます。

  • 食欲の不振または過食
  • 不眠または過眠
  • 疲労感の持続(倦怠感)
  • 自分は価値がない、自信が持てない(自尊心の低下)
  • 自己嫌悪感や罪悪感を伴う
  • 集中力の低下
  • 決断を下すのが困難
  • 絶望感を覚える
 これらの症状のうち、少なくとも2つの症状を常に呈し、それがほぼ毎日続き、途中で普通の気分の期間があっても、2年以上症状が続きます。症状は、1日のなかでも、後半に悪化する傾向があります。中には、生まれてから現在に至るまで、すっと憂うつだったという患者もいます。やる気がしない、いつも疲れた感じ、気分がへこむ、楽しいことがない、不眠などのほか、無価値な自分、自己嫌悪や罪悪感などの状態から、以前は、これは性格の未熟さや気質の問題と考えられたため、この種のタイプを「神経症性うつ病」と呼んでいました。しかし、治療上は一般的なうつ病ほどではないが、抗うつ薬が有効である場合も多く、現在では性格の問題ではなく、うつ病の一種という考えが一般的になりました。気分変調症の特徴として、気分の落ち込みや、気力や集中力の低下など、うつ病特有の抑うつ気分はみられるものの、楽しいことがあると一時的に気分が明るくなる「気分反応性」が見られることから、定型うつ病とは異なっている点です。

 いま、うつ病が急増していて治療を受けている人が多い中で、「医者からもらっている薬を長年飲んでいるが、なかなか良くならない」という患者の中には、気分変調症に罹っている人も決して少なくありません。専門医であっても、うつ病と気分変調症の見分けが難しく、正しい診断までに時間を要しているのも事実です。うつ病の患者は一般的に自責的ですが、気分変調症の人はどちらかというと他罰的で、自分の不調を他人のせいにしたり、人から自分はどう思われているか気にしたり、自分をよく見せたい自己中心的な人がこの病気になりやすいとも言われています。また、2年以上慢性軽うつ状態が続いている気分変調症の経過中で、大うつ病エピソードがみられる「二重うつ病」の人も非常に多いです。いずれにしても、日常的な憂うつ感、くよくよした気分を病む、生活上に喜びを感じない、不適切な思い込みがみられるなど、これらの症状が他の精神疾患では説明出来ない場合、気分変調症と考えるのが妥当と考えられます。

<原因>

 うつ病と気分変調症の原因を、生物科学的な研究成果でみた場合、病因は同じであるという考えと、異なるという考えがあって、現在のところはっきり解明されていません。うつ病では、副腎系の抑制が観察されていますが、気分変調症ではその異常はなく、他方で甲状腺系の異常が出る割合が高くなっています。また、睡眠時の脳波の特徴で見ると、うつ病も気分変調症もよく似ていて、これは抗うつ剤が有効であることを示しています。一方、精神分析理論によると、人格や自我の発達の結果として、気分変調症が発症すると考えられています。たとえば、過度な規則正しさ、他者への気遣い、低い自尊心、罪責感、快楽の消失、内省好きなどの性格形成が、発病と関連しているとの指摘もあります。さらに、認知療法論では、現実と理想の落差が、自尊心を傷つけ、無力感を生じさせているものと仮定しています。このほか、社会的、心理的な慢性ストレスとの関係も指摘されています。

<疫学>

 気分変調症の生涯有病率は約6%で、時点有病率は約3%と言われます。人口の約6%は、16〜17人に1人の割合でこの病気にかかっていることになります。また女性では、男性の2〜3倍多いとされていますが、小児では性差がないと言われます。さらに、気分変調性障害患者の家族の84%に大うつ病などの気分障害があるとも言われています。また、一般精神科診療所を受診されている患者全体のうち、約3割から5割を気分変調症が占めているともいわれます。未婚の若者や、低所得層に多く見られます。また気分変調症は、大うつ病のうち、完全寛解を示さないタイプと合併しやすいことや、不安障害でも特にパニック障害や強迫性障害との併発、物質乱用や境界性人格障害のような他の精神疾患とも併発することがよくあります。

 そのほか、小児の気分変調症患者を対象にして、その長期経過をフォローアップした研究によると、病気が完全に治る場合もありますが、再燃した場合は途中で大うつ病を発症することがわかりました。また、気分変調症の場合、その20%近くは、躁病や軽躁病の症状を思春期におこす可能性があると指摘されています。同じく20%は大うつ病に罹患し、15%は双極性障害のU型に、5%は双極性障害のT型に罹患しています。回復率は、治療を受けてから1年以内に治る患者は10%程度で、逆に治療を受けても治らない人は25%もいるとされています。気分変調症は、治療を受けたほうが、圧倒的に症状は改善し、治療によって症状は軽くなります。

<診断基準>

 アメリカ精神医学会(DSM-W-TR)と世界保健機関(WHO)の診断基準では以下のように定義されています。

【DSM-W-TR】


次のA〜Cのうち、基本症状であるAを必ず満たしたうえで、抑うつ状態の期間において、Bのうち少なくとも2つの症状と併せて、合計3つ以上の症状に該当し、かつCを満たす場合に「気分変調性障害」と診断されます。

A. 抑うつ気分が、ほとんど1日中存在する。期間を通して、抑うつ気分を感じない日よりも感じる日の方が多い。患者自身が抑うつ気分を自覚症状として感じ、または他者の観察による抑うつ気分が示され、それが成人では少なくとも2年間続いている。幼少・少年・青年期では、少なくとも1年間はあり、青年期までの症状においてはイライラ感のこともある。

B. 抑うつの間、以下の症状のうち2つ、またはそれ以上が存在する。
(ア) 食欲減退、または過食
(イ) 不眠、または過眠
(ウ) 気力の低下、または疲労
(エ) 自尊心の低下
(オ) 集中力の低下、または決断困難
(カ) 絶望感

C. この障害の2年間の期間中(小児や青年については1年間)において、1度に2カ月を超える期間、基準AおよびBの症状が消えたことがない。

D. この障害の最初の2年間は(小児や青年については1年間)、大うつ病エピソードが存在したことがない。すなわち、この障害は慢性大うつ病性障害または大うつ病性障害、部分寛解ではうまく説明されない。ただし、気分変調性障害が発現する前に完全寛解しているならば(2カ月間、著明な兆候や症状がない)、以前に大うつ病エピソードがあってもよい。さらに気分変調性障害の最初の2年間(小児や青年については1年間)の後、大うつ病性障害のエピソードが重複していることもあり、この場合、大うつ病エピソードの基準を満たしていれば、両方の診断が与えられる。

E. 躁病エピソード、混合性エピソード、あるいは軽躁病エピソードがあったことはなく、また気分循環性障害の基準を満たしたこともない。

F. 障害は、統合失調症や妄想性障害のような慢性の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではない。

G. 症状は、乱用薬物や投薬などの物質の直接的な生理学的作用や、一般身体疾患(例えば、甲状腺機能低下症など)によるものではない。

H. 症状が臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における  機能の障害を引き起こしている。

【ICD-10】

1.持続的な抑うつ気分、または絶え間なく繰り返す抑うつ気分の期間を、少なくとも2年間認めること。正常な気分が途中にあっても、その期間が2〜3週間を超えることは稀  で軽躁病のエピソードもない。

2.この2年間の個々のうつ病エピソードは、反復性うつ病性障害の軽症うつ病エピソードの診断基準を満たすほどに重症であったり、持続することはほとんどないか、まったくな  い。

3.いくつかの抑うつ的である期間に、次に示すもののうち、少なくとも3項が存在する。

  • 活力や活動性の減退
  • 不眠症
  • 自信喪失、または力量不足の感じ
  • 集中困難
  • しばしば涙ぐむ
  • 性的なことや他の楽しい活動に対する興味や喜びの喪失。
  • 絶望感、失望感
  • 毎日の生活の決まりきった責任を果たすのに現れる無力さ
  • 将来についての悲観や、過去へのこだわり
  • 社会的引きこもり
  • 通常より寡黙

<治療>

 以前は、気分変調症は薬物療法が期待できないとされていましたが、最近では積極的に抗うつ薬の投与を試みる方向にあり、薬物療法を基盤にして、精神療法を行っています。まず薬物療法では、これまで用いられてきた三環系または四環系抗うつ薬は、口渇、便秘、眠気などの副作用が比較的多く、これは抗コリン作用や抗a1作用なども併せもっているためと考えられます。また、三環系抗うつ薬の場合、大量服用時にはQT延長や急激な徐脈などの致死的な不整脈をきたす可能性があります。近年開発されたセロトニン系に選択的に作用するSSRIや、セロトニンとノルアドレナリンに選択的に作用するSNRI等は、副作用は比較的少ないとされています。しかし、臨床的効果は三環系より弱いとされています。不安や焦燥感が強いときは抗不安薬を使い、不眠が強い場合は睡眠導入剤を併用することもあります。

 SSRIであるフルボキサミンやパロキセチンは、セロトニン受容体を刺激するため、投与初期に不安や焦燥や不眠を引き起こし、性機能障害を生じることもあります。さらに薬物相互作用をきたしやすく、セロトニン症候群や薬物中止による離脱症状の可能性もあります。またパロキセチンは、18歳未満の大うつ病性障害においては、自殺念慮や自殺企図のリスクを増加させるという報告もあり、使用は控えるべきです。気分変調症で抗うつ薬を使用する場合は、自己判断で服用を中止しないことが重要です。薬の減量や中止は、症状を憎悪させ、再燃の危険性や離脱症状出現の可能性がありますので、医師と相談して行う必要があります。

 一方、対人関係療法は、基本的に患者の代弁者としての温かい立場をとり、肯定的な関心を患者にそそぐもので、共感と教育を両立させる治療法と考えられます。これは対人関係両方に限らず、無条件の肯定的関心を伝え、共感的な態度で話を聞くことは、それ自体に治療効果があります。気分変調症の人は、何よりも対人関係における力が弱っていますので、この対人関係療法は期待できる可能性があります。ただ、限られた期間での変化を目的にしていますので、変わろうとする意思が重要になりますが、「変われ」と言ってもその気になってもらうことはなかなか難しいものです。変われと言っても、「変われない自分」に罪責感を抱いていますので、変われない自分を無条件に認めてもらうことによって、罪責感をなくし、不安を減じ、変化しなければならないというハードルが下がることになります。患者のあるがままを受け入れ、共感的態度で聴いてあげることが、感情を正当なものとして認めるという意味づけをもつものです。したがって、対人関係療法の治療者は、患者の味方としての立場を明確にして治療に臨む必要があります。

 そこで大切なことは、支持的精神療法とも共通する「感情を解放すること」「患者が理解されたと感じられるように助けること」「強い治療同盟を築くこと」であり、さらに治療者として必須である「患者の代弁者としての温かい態度」が何よりも重要となります。




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